海馬シナプス伝達における全身麻酔薬の作用点
富山医科薬科大学医学部麻酔科学教室
富山県立中央病院麻酔科*
廣田弘毅,朝日丈尚*,佐々木利佳,増田 明,山崎光章
はじめに
我々はこれまでに,ラット海馬スライス標本を用いた電気生理学的検討から,全身麻酔薬の作用機序は同一(unitary)ではなく,種類によって異なる(agent-specific)ことを明らかにしてきた(1,2).今回我々は,興奮性および抑制性シナプス伝達における全身麻酔薬の作用点を比較検討し,agent-specific actionのメカニズムを考察した.
方  法
海馬スライス標本の作成および電気生理学的方法はHirota & Rothの方法(3)によった.海馬のSchaffer collateral fiberからCA1錐体細胞樹状突起への入力は,一方向性の興奮性シナプス結合であり,神経伝達物質はグルタミン酸である.さらに錐体細胞は海馬白板(alveus hippocampi)へと軸索を延ばしているが,この間には反回性の抑制性介在ニューロンが存在する.今回の検討では,2本の刺激電極をそれぞれSchaffer collateral fiberおよびalveusに置き,CA1領域の集合電位(PS)を誘発して以下の検討を行った.
(a) Schaffer collateral fiberを順行性に刺激し,単シナプス経路によりCA1の集合電位(Orth-PS)を記録し,興奮性シナプス伝達に及ぼす全身麻酔薬の作用を検討した.
(b) Alveusを逆行性に刺激することにより,シナプスを介さずにPSを誘発し(Anti-PS),神経細胞膜に対する直接作用を検討した.
(c) Orth-PS(test-pulse)に先立って,alveusにpre-pulseを与えて介在ニューロンを興奮させ反回性抑制の効果を検討した.
結  果
揮発性麻酔薬(イソフルレン,セボフルレン)は,シナプスを介するOrth-PSを抑制したが,シナプスを介さないAnti-PSには影響を及ぼさなかった.ケタミンおよびn-アルコールは,Orth-PSとAnti-PSの両方を抑制した.一方,バルビツレート(チオペンタール,ペントバルビタール)はOrth-PSもAnti-PSも抑制しなかったが,反回性抑制のpre-pulseを与えることによりOrth-PSを抑制した.
結  語
シナプス伝達に対する作用点から,全身麻酔薬は下記の3群に分類された.
神経細胞膜に対する直接作用を有する麻酔薬:ケタミン,n-アルコール
シナプス伝達に対する作用が主である麻酔薬:揮発性麻酔薬
介在ニューロンによる反回性抑制を介して興奮性シナプス伝達を抑制する麻酔薬:バルビツレート

参考文献
1. Hirota K, Roth SH, Fujimura J, et al. Toxicol Lett 100:203-207, 1998
2. Wakasugi M, Hirota K, Roth SH, et al. Anesth Analg 88:676-680, 1999
3. Hirota K, Roth SH. Anesth Analg 85:426-430, 1997
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