なぜキセノンで麻酔がかかるのか?
富山大学医学部 麻酔科学講座
大西健太,廣田弘毅,佐々木利佳,高澤知規
背景
近年の細胞分子生物学的研究から,全身麻酔の作用メカニズムはGABAA受容体の活性化がその本態であると考えられてきた.しかし不活性ガスのキセノンは麻酔作用を有するにもかかわらず,GABAA受容体に対する作用はない.一方,選択的GABAA受容体作動薬のムシモールは毒キノコの成分であり,麻酔作用を示さない.
目的
側頭葉嗅内野は脳への情報入出力ゲートであることから,全身麻酔薬の作用部位の1つと考えられる.今回我々は,独自に作製したラット嗅内皮質スライスの神経ネットワークを用い,麻酔メカニズムをめぐる以下のパラドックスについて検討した.
1.GABAA受容体に作用しないキセノンが麻酔作用を持っているのはなぜか
2.選択的GABAA受容体作動薬ムシモールと全身麻酔薬との作用メカニズムの違いは何か
方法
研究に先立ち動物実験委員会の承認を得た(A2022MED-12).麻酔した雄性ウィスターラットから脳を摘出し,嗅内皮質スライスを作製した.嗅内野外側および内背側に2本の細胞外電極をそれぞれ刺入し,θ波(4~8 Hz)を記録した.θ波は感覚情報に関連する脳波でアセチルコリン作動薬であるカルバコール前処置により誘発される.2つの神経ネットワークのθ波を相互相関解析したヒストグラムを作成した.ヒストグラムはネットワークの相互相関が高いと0 msにピークを持つ急峻なカーブを描き,ネットワークが断片化すると平坦化する.相互相関の強さを定量化するために相互相関係数(CCF)を算出し検討に用いた.検定はANOVAを用い,P<0.05を有意とした.
結果
キセノン(60 vol%),揮発性麻酔薬デスフルラン(6.0 vol%),静脈麻酔薬プロポフォール(10-5 M)およびエトミデート(10-5 M)投与により,相互相関ヒストグラムは平坦化し,CCFは有意に低下したことから,全身麻酔薬は神経ネットワークを断片化すると考えられた.一方,選択的GABAA受容体作動薬ムシモール(2x0-5 M)を適用してもヒストグラムの形状およびCCFに有意な変化は認められず,神経ネットワークは断片化しなかった.
結論
1.嗅内皮質スライスの神経ネットワークにおいて,キセノンは揮発性麻酔薬や静脈麻酔薬同様に神経ネットワークを断片化した.
2.麻酔作用を示さないGABAA受容体作動薬ムシモールは,ネットワークを断片化しなかった.
3.嗅内皮質における神経ネットワークの断片化は,全身麻酔に特有のメカニズムである可能性が示唆された.
4.今後は神経ネットワークの断片化メカニズムについて細胞分子生物学的検討を加えたい.
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